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103系E21,E22編成廃車回送(1月8日)

Dsc_0446_r_2                  12月中頃から運用落ちしていた103系
                  BukitDuri電車区にて許可を得て撮影

1月8日、103系E21,E22編成が所属していたBukitDuri電車区から、廃車のため、Depok電車区に廃車回送されました。当方の確認している限り、12月19日のフィーダー以降、運用が確認されておらず、当日に何らかの不具合が生じ、そのまま修理せず廃車という決定が下されたのではないかと思われます。検査切れまであと3か月を残すこのタイミングでの廃車に驚きを隠せません。これにより、103系がジャカルタにおいての初の形式消滅となりました。

当初予定では、自力回送される予定でしたが、急遽DjokoTingkirでの牽引に変更となり、所定より約3時間遅れでの出発となり、撮影者は皆無(朝の時点ではかなり張り込まれていたのですが・・・)。ちょうど金曜礼拝の時間と被ったこともあり、なおさら撮影出来なかったようです。当方も、朝出社前に出撃してみたものの1時間待っても現れず、撤収せざるを得ませんでした。

103dp2                  本日午後、Depokに到着した103系
                     撮影:元BOO電車区S様

今思えば、昨年からのフィーダー限定運用はKCJからの最後のプレゼントのようなもので、非常に狙いやすく、狙いやすいがために、後手後手に回り、この突如の引退に、もっと撮っておけばよかったと、いつも通りの後悔の念にかられるばかりです・・・。私にとっても、初めてジャカルタに渡るきっかけになったのは、この103系であり、今どっぷりジャカルタ生活に浸かっているのも、やはり103系があってのこと。既に国内でも事前の情報から、103系の運用離脱には大きな反響を呼んでいることと存じます。当地、鉄道ファンの中でも、まさかこのタイミングで、と衝撃が走っています。

もっとも2014年の検査切れのタイミングで、205系に引き継ぐ形で、廃車と言われていたものが、E20,E27から部品供与を受ける形で、検査を通したのが奇跡でした。ここまで205系が増えれば、フィーダー限定運用しか就くことの出来なくなった103系は引退もやむなしなのかもしれません。

それよりも、丸11年と数か月(E21:2004年10月20日,E22:2004年12月7日運用開始)、日本からのロクな備品供給もない中、よくぞ走りぬいたことこそが、関係者の皆様においては真の衝撃なのではないでしょうか。
Dsc_0722_r                                            ありがとう103系!!
Dsc_0412_r                     Selamat jalan seri 103!!

ジャカルタでの11年間の活躍、お疲れ様でした。

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コメント

8日遅れとなりましたが、新年明けましておめでとうございます。都営6000に続き、103系までもが遂にジャカルタでの10年以上の活躍にピリオドを打ち、ジャカルタでの一時代を築いた車両の引退には大変残念で他なりません。

思い越せば、武蔵野線から103系が譲渡された当時、小学校4年生だった小生も春からは学生生活最後の1年間になり、JR東日本から103系が全廃してからも7年の歳月が経ち、ここまでの月日の流れは本当にあっという間だったように思います。

最後に、11年以上の活躍本当にお疲れ様でした。今後もJR西日本に残る仲間達の末永い活躍を祈ります。さようなら。

投稿: ハマ線沿線の民 | 2016年1月 9日 (土) 08時04分

まさに勇退と言う感じかします、この車が日本で走っていた武蔵野線の時の様に後輩の205系に道を譲っての

投稿: shrozou | 2016年1月 9日 (土) 10時22分

こんばんは、度々失礼します。

これだけ205系が大量に増備された今、引退も秒読みかと思ってはいましたが遂に命脈尽きる時が来ましたか。
思えば日本で1970年代半ばに初登場してから、都落ちするわけでも無く30年弱の活躍を見せた後インドネシアの首都で11年も君臨したのは構造が原始的で扱い易い車両だったのも大きいでしょうが、奇跡だったと言えますね。

それにしても、これだけ103系を長年走らせて来たのを見るとヘタなVVVF改造車両より今後大量の余剰が出るJR西日本の103系更新車でも買った方が余程マシな気がしますね・・・(言わなきゃ車内設備は新系列並ですし)

投稿: 野津田車庫 | 2016年1月10日 (日) 00時39分

 いつもここの情報に感謝ですが、これほど二重の意味で衝撃のニュースは久しぶりです。

 廃車になったのが第一の衝撃。一方で今日まで走りぬいたことが第二の衝撃です。

 本当にありがとうございました。そしてありがとう103系!

投稿: 山口多聞 | 2016年1月10日 (日) 21時30分

<ハマ線沿線の民様

本当にあっという間の10年でしたね。ついこの前まで、武蔵野線をジャンジャン103系が走っていたという印象です。まあそれだけ、当方も年を取ったというわけで。老化をつくづく感じさせられます。

<shrozou様

そうですね、まさに勇退という名が相応しいでしょうね。そして当地でも205系に追い出されるというのも、また宿命的な何かを感じさせます。

<野津田車庫様

わずか16両の譲渡に留まり、ロクな支援も受けられなかった中で、11年間走り続けたというのは、おっしゃる通り奇跡かもしれませんね。譲渡当時は、誰だってもって数年、と悲観視していましたでしょうから。鋼鉄製NGの条項さえなければ、きっと西の103系も海を渡ることが出来たのでしょうけど・・・、残念です。

<山口多聞様

そうですね。まさに天命を全うしての勇退でしょう。長らくの活躍お疲れ様でした!!

投稿: パクアン急行 | 2016年1月11日 (月) 00時45分

いつもお世話になり、マンレポ楽しみにしております。

私にとって今年最初の悲報です、つい1ヶ月前に元気な姿で走っていただけに・・
先月、仕事都合つけて撮影しに行って良かったと感じました。

自力でデポック回送されないところを見ると、やはり何らかの故障・トラブルがあったのかもしれませんね。

思えば今まで訪イして、営業運用に入っていなくとも必ず回送などで走りを魅せてくれた
奇跡の出会いがある電車だけに、オフレールされるまで再起を願い続けたいです。

投稿: Mr115 | 2016年1月12日 (火) 10時09分

<Mr.115様

あのチャンスにいらっしゃって本当に正解でしたね。故障なく、定位置のフィーダーにずっと入っていただけに、何故ここで離脱なのか、と正直信じられないのも事実です。

投稿: パクアン急行 | 2016年1月13日 (水) 23時26分

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